「痛み」「悲しみ」

「ヤベツの祈り」をご存知だと思います。ひと頃多くのクリスチャンに影響をもたらしました。私たちの教会では「祈りのしおり」に載せてあります。

「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあってわざわいから遠ざけ、私が痛みを覚えることのないようにしてください。」Ⅰ歴代誌4:10

 ところが最近聖書通読でこの箇所を読んだときに、上記の祈り以上にその前後の御言葉が私の心に触れました。「ヤベツはイスラエルの神に呼び求めて言った。・・・神は彼の願ったことをかなえられた。」(Ⅰ歴代誌4:10

 ヤベツは、「痛み」「悲しみ」と云う意味です。固有名詞で、人の名前なのですが、そのときの私の目には、「痛み」「悲しみ」からイスラエルの神を呼び求めた、と映りました。ヤベツの母は、痛みのうちにこの子を産んだからヤベツと名付けたと聖書にあります。ヤベツ自身が「痛み」「悲しみ」を抱えていたのかどうかは分かりません。けれども「神に呼び求めた」という言葉の背後に、ヤベツ自身も母の「痛み」「悲しみ」を受け継ぎ、あるいは母と同じように「痛み」「悲しみ」に疼いていたと感じてしまいます。

 「痛み」「悲しみ」から怒りや自己憐憫に陥る人がいます。それはサタンの策略です。そうではなくて、神に向い、神を呼び求めるのです。神はその祈りに必ず応えて下さいます。そしてやがてその「痛み」「悲しみ」に大きな意味があり、祝福であったと悟るようになるのです。

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